この大任町においては、その町政の場において、不祥事を含む重大事件が20世紀よりたびたび発生している。1986年10月6日、当時42歳の町長が、町長室で執務中乱入してきた暴漢に射殺された事件[1]を筆頭に、2002年に当時の町議長が突然銃撃を受け負傷する事件(この町議長は2003年6月に護身用の拳銃を所持していた疑いが強まり、逮捕される直前に辞職し失踪、指名手配されていた同年12月に出頭し、銃刀法違反で逮捕されている)、元町議長が覚醒剤所持で逮捕されたり、2003年には、最多得票当選の45歳の町議が、広域的に活動していた高級車窃盗団の頭領として逮捕される不祥事[2]、2005年7月には、町長の親族の運営による企業組合事務所に複数の火炎瓶が投げ込まれる事件が発生[3]、更には町議を含む町政関係者が立て続けに失踪する、など、町議会周辺において死傷者を伴う不祥事が頻発してきた。
『週刊文春』によれば、2005年5月度の政府財政制度等審議会財政制度分科会の合同部会における渡邉恒雄による、『福岡県の田川郡は暴力団の町だ』との発言が生まれた背景にあるのは主にこの町のこうした状況のことであり、この発言はこの町のことを主に指しているとしている。[4]